見せてもらえたものしか、写せない——ヨナグニウマを通して見つめる島の風景
海と空が溶け合う風景のなかに佇む馬。風になびくたてがみや、光を受けて浮かび上がる輪郭——。三重県でフォトグラファーとして活動する能津敦司さんは、定期的に与那国島へ通い、ライフワークとしてヨナグニウマを撮り続けています。
「こちらができることは、ほとんどありません。見せてもらえたものしか、写せないんです」
人の手では動かすことのできない自然と、そのなかで生きる馬を、能津さんはどのように見つめているのでしょうか。八重山との出会いから、写真を撮ることへの思いまで、話を聞きました。

海と空の境が消えた日
——初めて八重山を訪れたのは、いつ頃ですか。
2015年に、写真家の林弘康さんと一緒に黒島へ行ったのが最初です。
そのとき、海と空の境がわからなくなるような、不思議な風景に出会いました。正面を見ると青空が広がっているのに、後ろには雨雲が迫っていたんです。その風景を見て、八重山にすっかりはまりました。最初の頃は、黒島へよく通っていましたね。


林さんは、僕にとって「写真家」という言葉だけでは表せない、唯一無二の存在です。写真家が憧れる写真家というか。林さんと一緒に黒島を訪れた経験が、八重山との最初の出会いになりました。


——その後、与那国島へ行くようになったのですね。
黒島で見た風景をきっかけに、自然の変化に気づきやすくなった感覚があって、それが与那国島へとつながっていったのだと思います。
2018年、与那国島の東崎で、ひとつの馬の群れと出会いました。そこには広大な自然と、人の手がほとんど加えられていない馬たちの世界が広がっていました。
それから、美しい景色を写すだけでなく、馬たちが黙々と草を食べる音を心地よく聞きながら、その姿を撮るようになりました。

写真を撮ることで変わっていった自分
——能津さんが写真を始めたきっかけを教えてください。
海外留学中に、何気なく現地の風景を撮っていたのが始まりです。
実は、若い頃は少し荒れていた時期もあったんです(笑)。大学時代に大きな事故に遭って、入院中は周りの人に「ありがとう」とばかり言っていたようです。その頃から、周りへの見方が少しずつ変わり始めたのかもしれません。
本格的に写真を始めるきっかけになったのは、F1レースの写真界で有名な写真家の方と偶然出会い、カメラを通してものを見る視点を褒めてもらったことです。褒めてもらったことで、「自分は人とは違う」と勘違いして、カメラマンになろうと決めたような気がします。素敵な勘違いというものでしょうか。
それからカメラを買い、仕事で野球やサッカーを撮るようになりました。22歳頃からはブライダル撮影に携わり、はじめの一年間は無給で学びました。ブライダル撮影の仕事は、そこから20年ほど続けています。

——作品としては、風景に惹かれていったのでしょうか。
海外や沖縄では、風景を撮ることが多かったですね。カメラを始めた頃には、二か月ほどかけて沖縄本島を巡り、海や御嶽などを撮っていました。当時は御嶽に撮影してはいけない場所があることも、よくわかっていなかったんです。
沖縄で写真を撮るようになってから、話し方まで優しくなったと言われたことがあります。自然と向き合いながら写真を撮ることで、自分自身も変わっていったのかもしれません。

「きれいな写真」の先にあるもの
——長くウエディングフォトを撮るなかで、自分の作品について考えるようになったのですか。
ある時長く八重山に滞在した際に、雨が10日ほど続きました。出歩けない自分にこれまで目に見える美しさは撮影してきたけれど、きれいなものしか撮れないのか、と試されているような感覚になりました。ウェディングフォトを長く続けていたものの、自分の作品として何を残したいのかを迷っている時期でもありました。写真に長く携わっていると、構図や光、そんな主観的なことばかり、意識してしまう時期もありました。今となっては、残す価値のあるものは主観などは必要ないのかもしれない、と思うようにもなりました。
ヨナグニウマを撮るようになって、「目の前の美しさにそれ以上でもなく、それ以下でもなく、美しさは記憶を超えてはいけない」そんな言葉を口にするようにもなりました。
——能津さんにとって、写真を撮ることはどのような行為なのでしょう。
写真は、人生そのものだと思っています。
美しい景色を美しいと感じられるのは、自分以外のものから受け取ってきた何かがあるからです。家族や友人、育った環境、辛かった経験。幸せと感じることも、不幸せと感じることも含めて、自分がこれまで感じてきたもの以外は表現できません。
だから、僕の作品には、それまで生きてきた人生観そのものが表れているのだと思います。
見せてもらえたものしか、写せない
——人を撮ることと、自然のなかで馬を撮ることには、どのような違いがありますか。
人であれば、立つ位置や顔の向きを伝えることができます。でも、自然のなかにいる馬に指示することはできません。
こちらができることはほとんどありません。とにかく待つ。出会ったものしか写せない。自然に欲をからめると不思議と答えてはくれないようにも感じます。あと少し。もう少しだけ。自然を相手にしていると、後ろに崖がせまっている中でも、もう少し下がって撮りたいと思ったり、荒々しい馬が目の前にいると、もう少し近くに寄りたいと思ったり。そんな欲にかられることがあります。
心踊らされる瞬間には必ず欲との葛藤がありました。動物や自然を相手にすると、人間の力などほんの微々たるものなのです。だから欲の一歩手前でやめるよう意識もしています。
まぁ、そんな瞬間にはなかなか出逢えないですけどね(笑)。

——能津さんの写真からは、風や匂いまで伝わってくるような気がします。
自分が撮ったというより、撮らされている。そこにあるものと出会っているだけなんです。
だから、自分の作品として評価してもらうことに、申し訳なさを感じることもあります。それは自信がないのとは少し違います。自然や馬、島との出会いがなければ生まれなかった写真を、自分だけのものとして受け取っていいのだろうか、という感覚です。
与那国島で感じたのは、美しさだけではなく、自然に対する畏怖でした。そこで出会ったのが、ほかの馬ではなくヨナグニウマだったことにも、意味があるように思います。
人間も馬も、自然のなかで生かされている生き物として等しい。そのことに気づけたのも、島との出会いのおかげだと思っています。

ヨナグニウマを通して、島を見る
——能津さんは、なぜこれほど長く与那国島へ通い、ヨナグニウマを撮り続けているのでしょうか。
最初から明確な目的があったわけではありません。知り合いもいないなかで与那国島へ行き、写真を撮り始めました。
自分に何があるのかわからず、いろいろなものを撮っていた時期に、馬の写真が与那国島の人たちと僕をつないでくれました。だから、作品が自分にとっても美しく見えるのだと思います。
与那国島へ50年ほど通っている女性と出会ったことがあります。その方は長い人生のなかで多くのものを手放し、手元に残す写真も十枚ほどに絞っていました。
その方が僕の写真を見て、「のづさんはヨナグニウマを通して島を見ているんですね。わたしは人を見て与那国島を見ているように思います。」と言ってくれたんです。とても素敵な出会いでした。

——「ヨナグニウマを通して島を見る」という言葉を、能津さん自身はどのように受け止めましたか。
それまで自分では、明確に言葉にできていなかったことでした。でも、その言葉を聞いて、確かにそうなのかもしれないと思いました。
僕が撮っているのは馬ですが、その向こうには与那国島の自然や、そこで暮らす人たちの思い、島で守られてきたものがあります。
馬だけを見ているのではなく、ヨナグニウマを通して島を見ることで、そこに込められた思いや、生きる強さのようなものにも気づくことができました。

美しいと信じるものを、未来へつなぐ
——これから、写真を通してどのようなことをしていきたいですか。
自分がいなくなったあとの時代に、写真の力でどれだけの思いをつないでいけるのかを考えます。
自分が生きている間に、どれだけ自分自身を感動させきれるか。どれだけ美しいものと出逢い、それを発信していけるか。
誰かの手によって守られてきたものを作品として残し、たくさんの人に知ってもらう。その美しさを届けることが、守ることにもつながると信じています。
これまでの多くの出会いから育まれた感性を通して、自分だからできることを、これからもたくさんの方へ届けていきたいです。
自然に逆らうことなく、その場所に立ち、待つ。
ただ美しいものだけを写すのではなく、それ以上に大切な何かを感じ取れるように、これからもたくさん出逢い、その美しさを届けられる表現者でいられたら幸せに思います。

Exhibition/展示情報
能津敦司写真展「うまのいる景色―共存の美しさ―」
会期:2026年8月6日(木)~31日(月)※日曜定休
開場時間:平日8:00~19:00、土曜・祝日10:00~18:00
入場料:無料
作家在廊:8月27日(木)~31日(月)※30日(日)を除く
会場:山田書店内 タウンパルコモンズ
お問い合わせ:0980-82-2511
企画協力:Art Flow
